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第4話 如月乃愛

Auteur: フクロウ
last update Dernière mise à jour: 2025-10-31 14:27:59

 昔から美月は、冷たい対応──無視されることに慣れていた。他の部員のように気軽におしゃべりをすることも、部活動のあとどこかへ遊びに行くことも、SNSやメッセージアプリでやり取りするなんてこともなかった。

 それでも中学生のときから弓道を続けているのは、別に特段弓道が好きだからではない。いざというとき自分の身を守れるよう運動神経を鍛えておく必要があったからだ。それは自分の思いというよりは、自身の「兄」からの希望だった。

 弓道着から制服へと着替えを済ませると、美月は髪を結っていた赤いヘアゴムをほどいた。一度も染めたことのないつややかな黒髪が背中まで流れる。小さめのグレーのポーチからくしを取り出すと、ロッカーに付属している小さな鏡で乱れた髪をすく。

 美月は急に更衣室が静かになったことに気づいて、手を止めた。なんとなく重い空気が肩にのしかかり、「ああ、これは……」と心を固める。

「古塚さんさ」

「……はい」

 左手で髪の毛を触ったまま、3年生の先輩、加護《かご》の方へ顔を向けた。半笑いの表情から何が言われるのかはだいたい予想がつく。

「今日も男子、いっぱい来てたよね」

「……はい」

「そうやって、迷惑だって顔してるけどさ、本当は内心喜んでるんじゃない?」

「……」

 返事はしない。こういうときは何を言っても悪い方にしか受け取られないことをこれまでの経験で何度も美月は学んでいた。

 少し緩いパーマをかけた加護の隣の2人は、腕を組んでわざとらしくため息を吐いた。

「清楚なふりして、本当はあいつらと仲良くヤってんじゃないの? あんたのせいでみんな迷惑してるのわかってる? お嬢様気取りかなんか知らないけど、あんま調子に乗ってんじゃねぇーよ」

(……うるさい)

 「調子に乗るな」「迷惑なんだよ」「気取ってる」──幼い頃から飽きるほど言われてきた言葉だ。昔はムキになったり、怒ったり、泣いてしまったこともあったが、今の美月はもう諦めていた。

 どうしたって、変わらない。何をしても変わらない。だから美月は何も言わず深く頭を下げると、荷物を持ってすぐに更衣室から出ていった。

「だいじょーぶ? みーちゃん、顔、怖いよ?」

 外に出た途端に後ろから話し掛けられて、美月は目を丸くした。

 声を掛けてきたのは、如月《きさらぎ》乃愛《のあ》だった。黒髪でストレートの美月とは違い、茶色に染めたボブカット。背も平均より高い美月と比べると低めの方で、凛々しい顔立ちの美月と、中学生、服装によっては小学生とも見間違えられかねないかわいらしさ。

 対照的な二人ではあったが、何かと人間関係のトラブルに巻き込まれる美月のほぼ唯一と言っていい安心して過ごせる相手だった。

「……びっくりした。乃愛、なんでここに? 念のために言うけど、今日、春休みだよ?」

「さすがにわかってるよ~」

 乃愛はにっこりと微笑むと、顔の前で手をヒラヒラさせた。

「みーちゃん、そろそろ部活終わるころだったかな、って思ってさ。弓道場の前で待ち伏せしてたところ」

 何も飾らない、いつもの乃愛の笑顔を見て美月は知らないうちに詰めていた息をそっと吐き出すと笑顔を見せた。

「そうやって言うけど、小学校の頃から何回も登校日間違えてるからね。その度に私が連れ戻したり、迎えに行ったり──」

「もう~今となってはいい思い出じゃん! さすがの私も高校生になったんだから、みーちゃんの手はわずらわせないよ!」

「さて、どうかな?」

 美月は悪戯っぽい笑みを浮かべると、登山でも困らなそうな黒い大容量の鞄を持ち直し、乃愛の小さな背中を軽く触って先を歩き始めた。

 少し抜けているところがある乃愛を、美月が半歩先へ行って引っ張っていく。保育園のときに出会って以来、二人はずっとそういう関係性を築いてきた。だが、実は自分が乃愛に助けられているのでは、と思うときもあった。

「それで、みーちゃんはまた何を悩んでいたのかな?」

 乃愛が、真横を歩きながら美月の顔を覗き込んできた。鼻から下は笑顔だが、目だけは笑っていない。

(こういうときの乃愛ははぐらかせない)

「何って……いつもの『アレ』だよ」

 乃愛の綺麗な栗色の瞳を直視できずに、美月は目線を逸らした。

「あ~いつもの『アレ』ですか」

「そう、『アレ』」

「『アレ』ねぇ~」

 渡り廊下の途中で美月の足音が止まる。

「もう、わかってるんだから、深堀しようとしないでよ。私は、全然気にしてないから大丈夫」

 廊下の先の中庭には立派な桜の木が一本植えられている。ちょうど満開を迎えた辺りで風にそよぐ様は、凛と美しく、そして力強かった。

 乃愛の手が美月の左手をつかんだ。温かい感触に思わず手を引くと、美月は慌てて友人の顔を見た。

「な、なに? 急に」

「うーん、みーちゃん、寂しいのかなって?」

「寂しい? 私が?」

「うん、ほら、あの桜見て、『私もあんなふうに一人でも何にも気にせず強くなれればいいのになぁ』……みたいな?」

「そ、そんなこと──」

 本当かどうか問いかけてくる乃愛の大きな瞳からは逃れられなかった。

「ない……とも言い切れない……けど」

 パッと大きな笑顔が咲いた。花のような鮮やかな笑顔だった。

「いつも言ってるでしょ。みーちゃんはみーちゃんでいいけど、一人になろうとするのはダメだって。みーちゃん、一人になると何するかわからないんだから」

「わかった。わかったよ、もう。話すから。でも場所を変えよう。ここじゃ、誰に聞かれるかわかんないから」

「うん、もちろん!」

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